苦しみを受け入れる

出演者
阿部頼義
制作
PBA 太平洋放送協会
再生時間
5min

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アップロード日
2026.02.13
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[新約聖書] マタイの福音書 26章39節
放送日
2026.02.13

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「世の光」の時間です。私は神奈川県海老名市にあるグレースガーデンチャーチ牧師の阿部頼義です。今週は「苦難」をテーマにメッセージをお届けしています。
私は今年で45歳になるのですが、中年期に差し掛かって、モノの見方や考え方が変わってきたなと思います。20代30代の時は勢いで乗り越えたことも、40代になるとなかなか無理ができないなと感じるようになりました。
先日、同世代の牧師が集まる研修会に参加したのですが、そこで私が感じたのは、まさに中年の危機といいますか、皆、思い通りの人生を送っているわけではなく、むしろ病気や、家族の問題、また仕事の重責などを抱えているという現実でした。
しかし、不思議なことに、そこには、決して悲壮感はなく、むしろ自分の通っている試練を否定も肯定もせず、ただそのままを受け入れる穏やかさがありました。私自身も、参加者の皆さんの人生に起こっている苦しみや悩みを聞きながら、なぜか心が慰められ、自分の課題を受け入れる心の柔らかさが与えられたなと思います。もしかしたら、悩みや試練が来たとき、それに反応する前に、その課題を受け入れる作業が大切なのかなと考えさせられました。
実は、イエス・キリストも同じように苦しみを受け入れたと聖書に書いてあります。それは十字架にかかる前夜、ゲッセマネという場所でイエスが祈ったことばに表されています。「わが父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしが望むようにではなく、あなたが望まれるままに、なさってください」(マタイ26:39)この杯とは、十字架で人々の罪の身代わりとして死ぬことを意味します。それは想像を絶する苦しみだったことが分かります。しかし、イエスは、悲しみに沈むのでもなく、怒り震えるのでもなく、「神が望むようになさってください」とその運命を受け入れられたのです。それは決して諦めではなく、苦しみを受け入れ、神に人生を委ねる、開かれた姿勢でした。
もし、あなたが苦しみを抱えているなら、その想いを神様に祈ってみてください。委ねるところから、私たちの心は少しずつ整えられていきます。今日も、あなたの歩みに、神様の静かな平安がありますように。

コメント

佐々木健司
苦しい状況でも、平安でいられる、そのような思い(信仰?)を与えてほしいと思いました。

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