悲しみが集まった方が幸せ?

出演者
阿部頼義
制作
PBA 太平洋放送協会
再生時間
5min

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アップロード日
2026.02.12
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[新約聖書] コリント人への手紙第二 1章4節
放送日
2026.02.12

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「世の光」の時間です。私は神奈川県海老名市にあるグレースガーデンチャーチ牧師の阿部頼義です。今週は私たちの人生で避けることのできない「苦難」をテーマに取り上げています。
皆さんは、星野富弘さんというアーティストをご存知でしょうか?残念ながら、数年前に亡くなられましたが、星野さんの詩と絵は、今でも多くの人たちに感動を与え続けています。星野さんは、若い頃、体育教師として勤務していましたが、そこで首の骨を折る大怪我をして、なんと首から下が動かなくなってしまったのです。
どんなに辛い時期を過ごされたか、その思いを計り知ることはできません。しかし、星野さんはそこから聖書の神への信仰を持ち、やがて口に筆を加え、絵と詩を書くアーティストとして活躍するようになったのです。人生の苦難を通り、人の弱さと痛みを知る星野さんの作品は、心の奥深くに慰めを与えてくれます。
私は星野さんの詩の中で、「悲しみが集まった方が、喜びが集まったよりも幸せに近いような気がする」というフレーズがとても好きです。苦難や悲しみを経験した人々の間でこそ、深い共感が生まれ、それが真の幸せにつながるという逆説的な希望のメッセージが込められているなと感じるのです。
これは、聖書の真理にも通じるところがあります。新約聖書にこんなことばがあります。『神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。それで私たちも、自分たちが神から受ける慰めによって、あらゆる苦しみの中にある人たちを慰めることができます』(2コリント1:4)自分が通った苦しみを通して、同じように苦しんでいる人を慰めることができるんだというメッセージが込められています。聖書は決して「信仰があれば苦しみを乗り越えられる」とは言いません。むしろ、苦しみの中で神からの慰めを受け、痛みを抱えたままで、同じように傷ついている人に神からの慰めを届けることができるんだと言うのです。
もしかしたら、あなたが経験している苦しみや葛藤を通して、それに共鳴し、慰めを受ける方がいるかもしれません。教会は本来、安心して弱さを表すことができる場所です。初めは戸惑いもあるかもしれません。でも、そこにしか生まれない慰めがあるのです。ぜひ教会に足を運んでみてください。あなたの抱えるその問題に、神様からの慰めがあるようお祈りします。

コメント

中野周治
『神様の力は弱さの中に現れます!』『私達は弱い時にこそ強いのです!』

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中野周治
『悲しむ者は幸いです!その人は慰められるからです!喜ぶ者と共に喜び、悲しむ者と共に悲しみなさい!』

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中野周治
『もし私達が自分の罪を言い表すなら神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し全ての悪から私達を聖めて下さいます!(ヨハネの手紙第一/1章9節)互いに罪を告白し合いなさい!』

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