私の悲しみに触れる神

出演者
黒木昭江
制作
PBA 太平洋放送協会
再生時間
5min

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アップロード日
2026.02.03
カテゴリ
人物・人生
聖書箇所
[新約聖書] マタイの福音書 5章4節
[新約聖書] マタイの福音書 7章
放送日
2026.02.03

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「世の光」の時間です。今週は愛知県名古屋市の富田キリスト教会の牧師、黒木昭江がお届けします。
2月は一年で最も寒い時期です。身体が凍えるとき、マフラーやコートなど温かい物にくるまれると、ホッとします。人生もときに、凍えてしまうことがないでしょうか。そんなとき、何が私たちをホッとさせてくれるのでしょう。
イエス・キリストはおっしゃいました、「悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるからです」。人生が凍えるとき、神様の慰めが、その人生を穏やかに温めてくれます。
今週は、そんな、人生を神様に温めてもらった人々を聖書の中からご紹介します。
今日、ご紹介するのは、ナインという町に住む女性です。彼女は夫を亡くした後、一人息子と暮らしていましたが、その息子が死んでしまいます。
葬儀の日、大勢の町の人が彼女に寄り添ってくれました。しかし弔問客の思いやりも、息子を亡くした喪失感を埋めることはできません。
絶望の中、彼女は息子の遺体が町の外へと運び出される列について行きました。
すると向かい側からイエス・キリストが近づいて来られたのです。キリストは、悲しみに暮れる彼女を見て、深くあわれみ、「泣かなくてもよい」と言って、棺に手を置かれました。当時の文化では、棺に触れる者は死の汚れを身に招くと思われていました。しかし、それでもキリストは、この母親の悲しみに手を差し伸べずにはいられなかったのです。
さらに、キリストは、遺体に声をかけます。すると、亡くなったはずの息子が起き上がりました。聖書はこの出来事を「イエスは彼を母親に返された」と解説しています。
私たちもしばしば、家族を失う経験をします。それは死別だけではありません。関係が悪化して話し合えない。複雑な事情で会うことができない。家族のことは人に打ち明けるのがためらわれ、一人で重荷を担うことも少なくありません。しかし、神様は、その悲しみに触れてくださり、ともに担ってくださいます。そして、私たちの問題について、最善の解決を与えてくださるのです。

コメント

中野周治
『私は、よみがえりです!命です!私を信じる者は死んでも生きるのです!』(息子よ!起き上がりなさい!)

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